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近況 [掲載誌情報]

先般、以前勤めていた出版社から電話が入る。「何事かな?」「また(知的財産横領で)訴えられそうになるのかな?」などと一瞬思ったが、何のことはない、自分が使った写真の出所を確かめる連絡だった。「お久しぶりです。で、●●で使った写真は……」と近況を話す間もなく要件を伝えて終わり。

最近、よく考えるのだけれど。あの会社で学んだことなんてなかったな。原稿の書き方や書いた原稿に対する指導なんて、まったくなかった。良い作品を作る、ということに関して、意欲やこだわりを持つ社員のいない会社だった。経費を徹底的に削られ、給料も低い。社員は月極の仕事をただこなせばいいだけの会社だった。雑誌作りのイロハを学んだつもりでいたけれど、フリーとなって他のメディアと接するうちに、かの会社のやり方がいかにいい加減であったかを知った。反面教師にしている、ということで言えば、学んだことはあったのかもしれないけど。
だから自分のプロフィールを書く機会に恵まれても、「出版社勤務を経て……」とだけで会社名は書かない。

で、改めてつくづく思うのだ。「自分はいつ文章を書くことを学んだのかな?」って。センター試験は確か80点ぐらいだったし(200点満点)、大学のレポートもいつも資料の丸写しをしていた。学生時分にアルバイトで格闘技雑誌の編集部に入り、たまーに小さな原稿を書かされることがあったのだけど、その時は「確固たる自信」とか「持ち前の右ストレートで」とか、ありきたりの常套句しか並べられずよく怒られていた。
その後、上述の出版社に2年半ほど勤務。
それでよくフリーライターになろうと思ったものだ。つまり、自分は文章を書くということのバックボーンを持ち合わせていない。
フリーとなって4年が経った。ようやく、仕事も安定してきたと言えるかもしれない。最近、原稿を褒めていただけることも増えた。それはそれでとっても嬉しいのだけど、褒められれば褒められるだけ戸惑うこともある。だって、「今だってぜんぜん日本語のこと、分かりません」と断言できてしまう自分がいるのだ。「どうやって文章を書くのですか?」と訊かれる。するといつも「取材したことを、パズルのように組み合わせていくだけ」と答える。だって、そうなんだもの。この4年間は勢いとやる気だけでなんとか乗り切ってきたような気がする。今後は、作家としての色をつけていかなきゃなと思っている。だから、これまでのやり方じゃだめだろと思っている。なんというのかな、柳川悠二が書く文章を確立していかねばならんでしょう。
なんとなく、08年は転換期かなと思っている。

さて、ブログがご無沙汰でした。先々週は宮崎〜佐賀と取材で周り、先週火曜日までは忘年会に五夜連続参加。おかげさまで風邪をひき、その後の年末進行特有の取材ラッシュ、執筆ラッシュをへとへとになりながらこなす。んで、再び15日から宮崎へ。当初、16日に入る予定だったけど、風邪がひどく、体調万全で臨みたいがために前日入り。しかし、夜の街を謳歌してしまい、結局、体調は回復せず……。
16日は東知事をファーストシングルのジャケット写真に使ったファンキーモンキーベイビーズのライブを見て、その後、東知事と彼らとの対談の司会。しかし、ファンキーモンキーベイビーズの到着が大幅に遅れ、ひやひやながらなんとか終了。夜は地元メディア主催の打ち上げに参加。

今週発売の週刊朝日に東国原知事と佐賀北高の記事を、さらにアエラには柔道の中村美里について書いています。
これから島田洋七さんと小島可奈子さんの対談を品川のホテルパシフィックで。こちらはアサ芸の新春号かな。


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